選手の気持ち

 部下は、ボスを選べない。最近は部下が上司を査定するというシステムもあると聞くが、いちいちボスを糾弾していたら組織は立ちゆかない。責任を取るためにボスはいるのだから…。

 イチローが、ある意味でそんなタブーを破った。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に関する“ボス選び”に対して「(惨敗の)北京の流れから(WBCを)リベンジの場ととらえている空気があるとしたら、チームが足並みをそろえることなど不可能」と。すでに既定路線であるかのような“星野監督”に対する牽制(けんせい)球であろう。

 何事も理詰めで、冷静な男があえて起こした行動は、しかし“正論”に聞こえ、「ナルホド…」と多くのファンが納得してしまう。今回の“WBC星野監督有力”の選出過程に違和感を覚えるゆえんであろう。

 「透明性が必要」(加藤良三コミッショナー)としたが、選考委員の楽天・野村監督が「できレースじゃあないの」と皮肉る。しかもこの会議の以前に、「星野さんは完全にやる気…」という話が伝わる。なぜ?

第1回大会で世界一に輝いた王貞治氏がコミッショナー特別顧問に就任して座を取り持ち、ご意見番として参加した野村監督らが出席しての“合議”で“お墨付き”を与えようとする儀式が見えた。誰か得をする人間が糸を引いているのか…。とはいえ、星野氏が速やかに歓迎されるかというと問題は残るだろう。

 北京五輪惨敗。言い訳に選手への責任転嫁、回避…。あげく「この国の人たちはすぐにたたきにかかる」と居直った行為。それらの総括と説明責任もなかった。監督ひとりの功名心が先だっての“リベンジ”になっては選手は動かない。起用法をめぐって暗に辞退をほのめかすエース、その存在がゆえに拒否をちらつかせた選手…。かなりの選手がアレルギーを持っていると聞く。イチロー発言は、この辺りに起源する気がする。

 求心力がある王顧問を頂点として、球界に全面協力を仰ぐのは是としてもそれを王顧問に預ける環境がつらい。「必要とあらばイチローにも電話して説得するよ」ではあまりにもむなしい。

 選手はグラウンドに立てば手抜きはしない。それが習性であるが、仮に上司が自らの功名心で成果を横取りし、失敗を部下に押しつけたら兵は疲弊してしまう。北京の結果はソレを教えてくれた気がする。今回のイチロー発言に王さんも「言ってることは理解できる」と話した。そう、社会常識から乖離(かいり)した不透明さ。一刻も早く脱却しなければ、球界はファンを失う。(編集委員
(MSNニュースより)