リーマン・ショック!?

今年も残すところ僅か、本当に大変な一年だった

 今年も残すところあと僅かになりました。金融市場は、本当に、本当に大変な一年でしたがいかがお過ごしでしょうか?「大儲けした」なんていう方も確実にいらっしゃると思いますが、多くの方は「大損した」とか「景気が心配」とか、中には「失業した」とか「内定取り消しにあった」とか、深刻な影響を受けた方々も多くいらっしゃるものと思います。

 そんな一年を、新聞や他のメディアが金融市場からの切り口で振り返る特集がちらほらと目に付くこの頃ですが、どうも筆者にとっては、読んでいて違和感を覚えるものが多いです。その理由はずばり、「リーマン・ショック」という言葉を多くのメディアが使っていることです。


「リーマン破綻」が株安・円高の原因?

 実は筆者は、この「リーマン・ショック」という言葉を、普段日本語よりも多く接している英語で書かれた調査会社や証言会社のレポートでは、ほとんど目にしたことがありません。もちろんゼロではありませんし、検索サイトで”Lehman Shock” を検索するとそれなりにヒットします。しかしながら、少なくとも金融のプロはこういう言い方はほとんどしないということを理解しておかないと、この半年間で起きたことの本質を見誤る可能性がありますし、来年以降の市場の動きを占う上で、大きな間違いを犯しそうな気が筆者はします。

 日本のメディアを見ると、今年9月以降の株式市場の暴落、急激な円高の犯人は、「リーマン・ブラザーズが破綻し、金融機関の間の業者間市場が信用不安の疑心暗鬼からマヒし、お金が必要な人は値段に関係なく投売りするようになったために株式市場が暴落したこと」「これまで低金利の円を借りて様々なものに投資していた人たちが、損失が発生し始めたのでお金を返さねばならなくなり、そのために手持ちの資産を売って円を買い、その円を返したこと」であるという論調が非常に一般的です。

 これはこれで間違いではありません。というよりも仮に上記のような趣旨で書かれていれば、それは正確な情報ですから信頼しても大丈夫です。ただ、問題は「リーマン破綻による信用不安」だけが原因ではない、というか、これだけでは実際に起こったことの半分も説明できていないということです。要するに認識と理解が不十分である印象を受けるのです。


「リーマン破綻」は信用バブル崩壊後の現象のひとつに過ぎない

 金融のプロにとって、「リーマン破綻」はここ2年ほど続いている一連の問題のひとつに過ぎません。「米住宅バブル崩壊」も「サブ・プライム・ショック」も「ベア・スターンズ救済」も全部、ひとつの大きな問題のひとつの側面でしかないと考えています。それは「信用バブル」の崩壊です。したがって「リーマンが破綻したから株安・円高になった」というのでは不十分で、「信用バブルが崩壊したためそうなった」と見ないと本質を誤ってしまうと考えています。

 信用バブルの崩壊が始まったのは、おそらく2006年の中頃、今からもう2年以上前です。最も目利きがつくプロは、この頃から「ひょっとしたら大変なことが起きるかもしれない」と思い始めていました。米国の不動産市場の上昇が完全に止まり下げに転じ始めた、ここがスタートです。「サブ・プライム」も「ベア・スターンズ」も「リーマン」も、それ以降の「崩壊プロセス」の中でのひとつの事象でしかありません。
 もっといえば、米国の不動産バブルも資源バブルも円安バブルも、「信用バブル」のひとつの側面であり、それが崩壊したために全てが今のようになってしまっていると見てよいと思います。

 それでははたして「信用バブル」とはなんだったのか?これは「お金を借りて、それを元手に金儲けをしよう」という「文化」が行き過ぎた結果、と考えればよいと思います。要するに「レバレッジ」の大衆化です。この文化はまず「投資銀行」というビジネスが先鞭をつけ、「ヘッジ・ファンド」の大衆化、英語で”Buy to Let”という「投資目的の不動産購入」の大衆化、さらに日本における「FX(為替証拠金取引)」のような「レバレッジをかけた投資」の大衆化・・・このような、本来かなりリスクのある投資を、「普通の人が普通にやる」ようになったことが「信用バブル」です。これは「普通の人の危険なビジネスに金融機関がお金を貸すようになった」ということでもあります。
 この文化の行き過ぎが行くところまで行った結果が、今年の金融市場の大混乱です。「リーマン」はこの大衆化の過程でお金をどんどん出していった金融機関のひとつでしかありませんし、サブ・プライムは「普通の人が不動産投資をやるような時代には、貧しい人でも高金利で家が買えるようにするのが良い」という文化の生み出した商品のひとつに過ぎません。

 そしてこの文化は、大幅に縮小されることを余儀なくされています。「投資銀行」というビジネスは、メリルリンチやモルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックスという超大手すら規制上「商業銀行」への転換を迫られ、「消滅」しました。欧米ではいまや信用力の相当に高い人ですら、住宅ローンを借りること自体相当に困難になっています。

 従ってこれから数年間の市場の展開を占う上でのポイントは、こうした「レバレッジの文化」がいったいどこまで縮小するのか、また、その過程でどこまで景気が本当に悪くなるのか、です。悪いことに、各種統計を見る限りは、「信用バブル」はかなりの勢いで縮小してきていますが、まだまだバブル発生前と比べれば大きすぎる状態です。

 実際のところ、この数字を見て多くの金融のプロは「1990年の日本のバブル崩壊が10年単位の不況につながったこと」を連想しています。日本の不動産の価格は当時少々下がっただけでは説明できないほどに高く、その調整には結局長い年月がかかったからです。筆者も、「世界の先進主要国が5年・10年単位で不況&デフレになる」という懸念も、現時点ではけっしてオーバーなものとは考えていません。問題を「リーマン破綻による信用不安」だと捉えていると、そんなものが5年も10年も続くことはないから大丈夫だと思ってしまうかもしれません。しかしながら事の本質はもっともっと大きいものだと考えていた方が良いと思います。


グローバル債券ファンドマネージャー 鈴木 英寿
提供:株式会社FP総研
(MSN)