天下の愚策!?

 地方圏が休日1000円で乗り放題となるのを目玉にした高速道路の大幅値下げが3月末からスタートした。景気対策の一環で、国土交通省は割引期間(2年)での経済効果を7300億円とはじくが、この間の週末に“期待された大渋滞”は起きず、その効果に早くも黄信号が点滅し始めた。逆に、一部の地域では、フェリーや鉄道の利用者が落ち込むという「客の奪い合い」も発生。民営化した高速道路各社に、あえて多額の税金を投入してまで行った値下げに不公平感や疑問の声も出始めた。


「太刀打ちできない」

 「約束通り2年に限定してもらわないと困るし、その期間をどう乗り切るか。それに尽きる」。東京・有楽町で8日、記者会見したJR西日本山崎正夫社長の口から思わず本音が漏れた。

 JR西によると、一律1000円に通行料が値下げされた本州四国連絡橋(神戸西−鳴門IC間通常料金5450円)と競合するJR瀬戸大橋線などで2〜4%の乗客の落ち込みがあったという。

 昭和62年の民営化以降、企業努力を重ね、11兆6000億円の債務赤字を着実に返済してきたJR各社。一方で高速道路各社には政府から5000億円の税金が投入されている。JR各社が高速道路値下げへの批判発言を控える中、山崎社長からは「負けるわけにはいかない」と異例の言葉も漏れた。

 フェリーも深刻な打撃を受けている。割引率が高い東京湾アクアラインと並走する久里浜−金谷間が前年同期比33・1%減、本州四国連絡橋と競合する阪神−香川間は55・1%の減。日本旅客船協会の担当者は「各社は少しの料金差をつけてギリギリの競争を続けてきた。それなのに高速道路会社はあっさりと税金で値下げ。それも太刀打ちができないくらいで、同じ民間なのに納得がいくわけがない」と憤慨する。



なぜ「行楽客」だけ

 利益を受けるはずの利用者にも不公平感は広がっている。割引は、普通車に限られ、しかも自動料金収受システム(ETC)搭載車に限られる。つまりETCを付けた「行楽客」などにとってはおトクだが、トラックなどの営業車両には少しも反映されない。ゴールデンウイークなどで仮に大渋滞が起きた場合、休日返上でまじめに働いている運転手らはどう思うだろうか。

 東京−名古屋間を走る大型トレーラー運転手の男性(54)は、トラックなども含め全車に適用される既存のETC夜間割引を受けようと、行き交う普通車を横目に、途中のサービスエリアで何時間も休憩して料金所通過を見計らっていた。男性は「われわれも1円でも安く乗りたいのに不公平感が強すぎる。貨物に適用されると仕事も増えるだろうし、景気もよくなると思う」と訴える。

 ETC搭載に際し、予期せぬ事態も利用者の不満を生んだ。高速道路交流推進財団は値下げにあわせて1台5250円の助成を行ったが、希望者の殺到で品薄の販売店が続出し、取り付けが間に合わないケースも出たためだ。

 国交省は助成は「(外郭団体の)財団が行っていること」としながらも、対応策の検討に右往左往した。3月末とした助成期限の延長に踏み切った上に、当初上限とした100万台からさらに40万台を追加する決定をした。

 箱根旅行前に取り付けようとしたが順番待ちで間に合わなかったという男性(68)は「同じ車なのに納得がいかない。こういう事態になることは容易に想像できたはず」。

 大手カー用品店「オートバックスセブン」によると3月のETC売り上げは前年の約6倍で、供給が追いついていない状況は今も続いているという。同社は「今後も助成に関係なく取り付け希望者は殺到する」とみている。



「ミサイルの影響?」

 国交省が算出した高速道路値下げによる経済効果は2年間で7300億円。根拠は、事前の利用者へのアンケートで、値下げによって、日帰り旅行(1人1回平均出費6000円)の回数が年7・7回から10・6回に増えることや、宿泊旅行(1人1回平均出費2万3000円)も年2・8回から3・5回に延びるという資料があるからだ。

 だが、実際に高速道路が値下げに踏み切ったことで移動が活発化したのかというと疑問が生じる。

 東日本の高速道路会社は開始2週目の4月第一週の交通量は「集計していないが、開始直後と比べ10ポイントほど交通量は増えている」と効果を強調するものの、集計結果を公表した中日本、西日本各社は「天候の悪かった前年と比べて増加しているが、初めて導入した週より、2週目の交通量は落ち込んでいる。思った以上に伸びてこない」。

 実際、中日本と西日本の状況を見ると花見シーズンが到来し、天候におおむね恵まれたにもかかわらず交通量は増えなかった。

 例えば、中日本の東名・厚木−泰野中井IC間では値下げ開始の3月末の平均は前年同期の10万8300台から12万600台に伸びたが、開始2週目の4月第一週は早くも11万200台に下がっている。

 西日本でも高松道善通寺−三豊鳥坂IC間も3月末の平均は前年の2万8300台から4万2200台へと一時的に増えたが、4月第一週は3万8800台に減っている。

 「北朝鮮のミサイル発射で、出かけるのを控えたのでしょうかね」と両社は冗談めかして分析するが、国交省は「旅行は突然に行くのではなく、あらかじめ決めてから行く。地方の交通量を円滑にするのが目的で効果は検証してみないと分からない」と強調する。

 だが「大型連休並みの大渋滞になる」と期待し、サービスエリアの警備員増員や簡易トイレ増設などの対策を取った国交省は肩すかしを食らった形になった。


国交省で税金回す?

 利用者が伸び悩んだ背景には、地方に対して首都圏や京阪神圏の大都市近郊、首都高と阪神高速の大都市部で割引率が違うなど複雑な料金体系も一因にあるとみられる。

 なぜ、そうなったのか。国交省は「もともと大都市部は渋滞が起きないように料金に負荷をかけている。現実問題として渋滞が起きると経済的に損失になるため、バランスを取るために割引に違いを設けた」と説明する。

 また、全国すべての人が享受できる割引でない不公平感も、利用が伸び悩む背景にあるとされ、早くも値下げは失敗との声が専門家らから漏れ始めた。

 高速道路問題を考える会事務局の渡邊壽大さんは「50%の値下げをすると交通量は100%伸びなければペイしない。失敗はやる前から目に見えていたはず。単なる選挙対策だったのでは。目先にとらわれると本質を見逃す」と警鐘を鳴らす。

 高速道路各社は平成17年に道路公団が民営化されて誕生した。民間の風を入れることで料金引き下げや無料化を目指すが、利益の追及は許されず、株は政府が保有した。また、むやみに高速道路建設をさせないため、パーキングエリアなどの一部を除き、各社は独立行政法人の「日本高速道路保有・債務返済機構」から高速道路をリースする形を取っている。

 今回は、機構からのリース料の一部(約5000億円)を国が肩代わりすることで2年間の値下げを実施した。国交省は「高速道路各社は、JRなどの純粋な民間企業と一線を画する」と値下げを援助する理由を説明する。

 しかし渡邊さんは「高速各社は民営化されたにもかかわらず、企業で最も大切な料金設定を政府の意向に簡単に左右されてしまった。結局は国交省の中で税金をぐるぐる回しているようなもの。だれもが享受できるようなガソリン税の値下げなどをした方がましだった」と話す。

 スタートを切った高速道路の値下げだが、効果の実証や、意義が改めて問われている。
(MSN)