「核は大地に刻まれていた」

カザフスタン、旧セミパラチンスクの荒野に、水をたたえた湖の夕景が広がる。この湖の水は核物質に深く汚染されていて、周囲に近づく者は誰もいないという。ソビエトが水爆で造った灌漑用の人工湖である。

核爆弾による被爆国は、日本だけではない。2000回の核実験によって200万人もの被曝者が、この地球上に広がっている。セミパラチンスクだけでも、450回の核実験が繰り返された。その中には周辺住民の人体実験が疑われるケースも含まれている。

治療をする目的でなく、影響調査のためだけに作られた被曝者2万人のカルテ。汚染されたまま放置される広大な大地。今も被曝に苦しむ多くの人びとと、その被曝の記憶。セミパラチンスクは、皮肉にも、核汚染の広範囲に及ぶ被害を究明するための聖地となった。

黒い雨と死の灰死の灰とがん、食物摂取による内部被曝、そして染色体異変。これらの因果関係が、現地を訪れたドイツと広島の研究者によって解明され、地元の医師によって確認される。この残留放射能被害を示すデータは、広島、長崎をはじめ世界の被曝者たちのこれまで無視されてきた苦しみを裏付ける心強い証拠になるだろう。だが、科学的データを突きつけるだけでは世の中は動かない。人の心は連鎖反応を起こさない。核廃絶の大きなパワーにはならない。

NHK広島局は翌日の8月7日、世界を結んで被曝者の肉声を届けた。今求められるのは国を越えた被曝者の連帯だ。オバマ発言も意識的に増幅し、核廃絶の新たな推進力にしようとしている。カザフスタン、旧セミパラチンスクから生中継で送られてきた歌「ザマナイ」。ふるさとを核実験場にされた民族の怒りを込めた気迫ある歌声は、国を越えて新鮮な衝撃を与えた。

“ノーモア・ヒバクシャ”の旗を掲げ、年月による風化に抗いながら、核廃絶の新たな視点を絶えず模索しつづける広島と長崎。その“持続する志”と、継続するエネルギーはまことに貴重である。(河野尚行)
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