少女2人が交わしたもう一つの約束
夏休み目前の夜の住宅街を、仲良しの女子中学生が自転車に2人乗りで走っていた。後ろの荷台に乗った少女(15)は大事そうに子犬を抱えている。通りかかる人がいたならば、ほほえましい光景に写ったかもしれない。だが、少女はたった今、家族3人を殺すため自宅に火をつけてきたところだった。そして向かう先は、ペダルをこぐ同級生の少女(14)の自宅。今度は同級生の両親を刺殺するつもりだった−。兵庫県宝塚市で3人が死傷した放火事件で、家裁送致された市立中3年の少女2人は「うざいから、互いの親を殺そう」と約束して犯行に及んでいた。2人はなぜ、異様な約束を交わし、実行に移したのか。
「ブラジルに帰れ」
宝塚歌劇団でその名を全国に知られる宝塚市。市内には高級住宅地も点在し、西日本では唯一、聖心女子学院の系列校もある。
一方で近年、市内の食品工場で派遣社員として働くブラジル人も増えた。家族4人全員がブラジル国籍である少女が小学生のときに移り住んできたのも、こうしたブラジル人が多く暮らす地域だった。
ブラジル生まれの少女は4歳のとき、先に日本に渡っていた母親=当時(31)=に引き取られる形で来日した。各地を転々とする間に母親は日系ブラジル人である義父(39)と知り合い、その後、妹(9)が生まれた。
義父は岐阜県に本社を置く人材派遣会社の社員として、5年ほど前から大阪市内のパン工場で働き始めた。ポルトガル語はもちろん日本語も堪能で、日本人社員とブラジル人労働者との間に立って労務管理を担当。社長によると、「本当にまじめで、安心して仕事を任せられる人だった」という。やがて、母親も同じ工場で働くようになった。
共働きの家庭で、少女はかいがいしく年の離れた妹の面倒をみていた。近くに住む女性(20)は「一緒に犬の世話をしたり、ボール遊びをしたり。仲のよい姉妹だった」と振り返る。だが内心には、傍目に写るものとは違う感情も渦巻いていたようだ。逮捕後の取り調べには、こう供述している。
「私は体罰を受けるのに妹はかわいがられ、家族の中で独りぼっちだった」
「妹が生まれてから、家族を恨むようになった」
少女は中学に入ると、親の体罰を教諭に相談。しかし学校での生活も、楽しいとは言い難いものだった。
日本語に不自由はなかったが、勉強は苦手だった。にも増して、くせっ毛で、彫りの深い顔立ちはひときわ目立つ。「ブラジルに帰れ」「くさい、死ね」といじめを受けた。やがて自分のことを「おれ」と呼び、たばこを吸い始めた。教室の机は、好きなEXILEの歌詞の落書きでいっぱいになった。
そんな少女が心を許せる唯一といっていい相手が、同級生の少女だった。
大切だけど「早く死ね」
2人は、隣接する別の小学校に通っていた。だが卒業アルバムに載せる作文のテーマに選んだのは、ともに「大切なもの」だった。
《私の大切な友達は、たくさんいます。ともいいきれないけど》。少女の作文は、このような書き出しで始まる。当時一番の相談相手だったという友人の名を挙げ、《これからもずっと一緒にいたいです。中学校でもよろしくね》と結んだ。だが、その後は疎遠になったようだ。
一方の同級生は《私にとって大切な物は、家族です》《私を支えてくれるのは、家族だからです》とつづった。一方で《時々、怒られると、むかついて、心の中で、「早く死ねきえろ」とか思ってしまったり》するとも。それでも、《この家族の人達の所に産まれてとてもうれしいです》と感謝の気持ちを記していた。
だが、作文の冒頭に記された姓は現在と異なっている。母親(36)が離婚し、義父(36)と再婚したからだ。兄(16)、弟(12)と5人での生活が始まったが、義父と折り合いが悪く、周囲に親から殴られることへの不満をこぼすようになった。そんな時期に、中学校で少女と同じクラスになった。
家庭環境が似ているためか、2人は互いのことを「無二の親友」と表現する間柄になっていった。自宅近くのたまり場で親への愚痴をこぼし合ううちに、こんな話になった。「親がいないところで人生をやり直したいね」。漠然とした願望は、今年6月下旬ごろから具体的な殺害計画へと変わっていく。
7月に入ると、2人は制服の肩の部分に「DEATH」(死)と書いた粘着テープを張って登校するようになった。「家に火をつけて親を殺す」「もう実験もやった」。周囲にそううそぶきもした。半信半疑の少年(14)が「うそやろ」と問い返すと、少女は「信用できないなら、お前の家の前に親の首置いたろか」とすごんだという。
だが7日未明には、母親が起きてきたため失敗。8日未明は寝過ごしてしまった。
そして、最後の引き金となる出来事が8日午後、同級生宅で起きた。クラブの練習をさぼったことがばれた同級生は、少女もいる前で親にきつくしかられた。その後、少女はこう思ったのだという。「週末を親と過ごしたくない」
翌日の9日は、金曜日だった。
犬だけは助けたい
「今日やろう」。家族が寝静まった後の9日未明。携帯電話のアラームで起きた少女が同級生に送ったメールが、決行の合図だった。両親に携帯電話を取り上げられていた同級生は兄の携帯で「今からそっち行くよ」と応じると、自転車で少女宅に向かった。
殺害方法は事前に決めてあった。少女の家族は眠りが浅い。このため、寝室に近づかなくても済む放火を選んだ。逆に同級生の家族は熟睡することが多いため、兄弟に危害が及ばないように包丁で刺殺することにした。
同級生が少女宅に着くと、少女はかわいがっていた子犬を預けた。そしてパジャマ姿のまま、家族3人が寝ている2階へ通じる階段にバーベキュー用の着火剤を塗り、午前2時半ごろ、火を放った。
台所から持ち出した包丁2本を持って同級生宅に向かう途中、2人は後輩の少女に子犬を預けた。「犬だけは助けようと思った」からだという。
同級生宅に着き、2階にある両親の寝室に入ったとき、誤算が生じた。両親は毛布にくるまって眠っていたのだ。「これでは急所を刺せない」。そう判断すると、放火での殺害に切り替えた。同級生が3階で眠る兄弟を逃がそうと起こしている間、少女は2階台所の床に食用油をまいた。だが、着火しようとする寸前、母親に見つかった。
午前3時14分、母親からの宝塚署への通報内容は恐怖に満ちている。「子供の友達が家に来て、『親を殺してきた』と言ってるんです。うちも昨日、子供とけんかして怖いんです。早く来てください」。だが、そのわずか2分後、自ら携帯電話で110番した少女は落ち着き払っていた。同級生宅の住所を告げた上で「家に火をつけた。階段のところ。自分と友人がやった」と話したという。
駆けつけた署員が身柄を確保した際、2人は抵抗する素振りをみせなかった。少女が手にしたバッグには、逮捕を覚悟したように着替えが詰められていた。
もし裏切ったら
2人は逮捕後の取り調べにも淡々と応じた。少女は少年鑑別所での規則正しい生活に「朝が弱いからつらい」とこぼす一方、母親が搬送先の病院で死亡したことを知らされても口を結んだまま。そして「20歳になるまでは、外に出たくない。未成年だと親元に戻されてしまう」と供述した。
しかし1週間が過ぎるころから、2人の様子に変化が現れ始めた。
全身にやけどを負った義父は意識不明の状態が続く。全治6カ月の妹は皮膚移植が必要で、苦痛を緩和するため全身麻酔を施されている。少女は2人の容体をサンパウロから駆けつけた父方の祖母に聞かされ、「罪を償って立派な大人になりなさい」と諭されると号泣したという。
その後、少女は「殺すほかに方法があったかもしれない」と振り返るようになった。面会の母親に涙を見せることが多い同級生も、「家族とやり直したい」とつぶやいたという。
「おそらく、1人だけなら事件を起こしていなかったはず」。捜査幹部はこう指摘する。2人は「うざい親を殺す」こと以外に、もう一つ約束を重ねていたのだという。
「もし親を殺す約束をどちらかが裏切ったら、殺すからね」
2人は7月29日、現住建造物等放火や殺人など5件の非行事実で、そろって家裁送致された。神戸家裁での少年審判は、2人別々に開かれるという。
(MSN産経ニュース、http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100821/crm1008210701006-n1.htm)