「事なかれ」で増長した中国

 東シナ海に領土問題は存在しない。尖閣諸島をめぐる中国政府の不当な領有権主張に対して日本政府は、繰り返しそう表明してきた。同諸島にわが国の主権が存在することは国際法的にも歴史的にも明白であり、日本政府が言っていることはまったく正しい。

 ただ残念ながら、領土問題の不在を言い続けるだけでは、現に存在するこの尖閣問題の解決は難しいように思われる。今回の中国漁船船長逮捕とその釈放をめぐる中国政府の一連の言動は、そのことをはっきり示すものだった。

 たぶんこれを機会に、より率直な物言いに改めた方がよいかもしれない。東シナ海に領土問題はないが、国際問題はある。しかもそれは日本の自衛にかかわる妥協できない国際問題である、と。

 むろん尖閣問題を国際問題として扱えば、それを望む相手の思うツボとの見方もあろう。領土問題は存在しないのだから、今回のようなケースは今後もあくまで、国内法の手続きによって粛々と処理すべきだ、という原則はわかる。

 だが、今回のようなケースを本当に国内法だけで処理できるだろうか。できるとしたら、このケースに関して生じた「国民の安全」や「中国との関係」といった紛れもない国際問題については別途、きちんとした対応がなされることが前提になろう。それなしに国内法により粛々と、といった建前にこだわれば、実際には、国際問題の処理を「検察の判断」に頼るといった、おかしな話になりかねない。

 国際問題化を避けようとする態度が、かえって相手の思うツボになるところもある。中国政府は1970年代まで、日本の尖閣諸島領有に異議を唱えたことがない。近海に石油の存在が指摘され、異議を唱えるようになったが、最初のうちは問題を棚上げにすると言っていた。

 しかし90年代になると、尖閣諸島が中国の領土であることを国内法に明記する。やがて中国漁船の周辺での操業が増え、最近は領海侵犯が急増している。そこにもってきて今回の事件である。さらに報道によれば、中国政府内部では東シナ海南シナ海に続いてチベット、台湾並みの「核心的利益」と宣言しかねない勢いだという。

 こうなった背景には、もちろん中国の国力の増大がある。だが同時に、日中友好の建前のもと、尖閣問題を自衛にかかわる国際問題として扱うことを避けてきた日本側のよく言えば冷静、ありていに言えば「事なかれ」の態度が中国側を増長させた面もあるのではないか。

 今回日本は、中国の理不尽な要求に屈した。それが外交的敗北であるのは間違いない。

 だが、船長を処分保留で釈放したからといって、日本が尖閣諸島を失ったわけではない。中国は要求を通したが、高圧的な態度で日本と世界の警戒心に火を付けた。勝負は終わっておらず、まさにこれからの対応が大切である。

 同様の事件を再発させない。万一再発すれば今回よりも厳しい措置をとる。そのためにはどうすればよいか。この問題が自衛にかかわる国際問題であることを自覚し、総合的な国力の強化に努めて真剣に対応していくしかない。
(大阪大教授・坂元一哉

(MSN産経ニュース、http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101009/plc1010090331003-n1.htm