太陽電池(海外に追いつかれる日本)

[東京 24日 ロイター] 太陽電池ビジネスを舞台とした世界規模の大競争が始まった。地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)を排出せずに無尽蔵の太陽光から電気を取り出すメカニズムは、エネルギーと環境の問題を同時に解決する切り札として、かつての鉄鋼や現在の半導体に続き21世紀の基幹産業になるとの期待が高まっている。
 この分野ではシャープ<6753.T>など日本メーカーが研究開発や製品化で世界をリードしてきたが、ここにきてアジアや欧米の新興企業が台頭。日本メーカーが過去の優位を維持するのは困難との見方も浮上している。世界や日本の経済地図を塗り替える可能性のある太陽電池をめぐるビジネスの最前線を探った。
 <日本メーカー、薄膜型で反転攻勢> 
 10月1日。夏のような強い日差しの中、奈良県葛城市のシャープ葛城工場では、神事が行われた後、新たに導入された生産ラインで製造された薄膜太陽電池の出荷が始まった。同工場での薄膜型太陽電池の年間生産能力は160メガ(メガは100万)ワットに増強され、太陽光を電気に変える変換効率は9%と業界トップクラスを誇る。同工場で記者会見した濱野稔重副社長は「薄膜太陽電池工場は『21世紀の油田』といってよい存在だ」と強調した。
 シャープは、2010年3月までに操業開始予定の堺工場(堺市)にも薄膜太陽電池の新工場を建設中。欧州では薄膜型の新工場の建設を検討中で、2011年3月期には薄膜型の生産能力を年間1ギガ(ギガは10億)ワットと、現時点の6倍強に引き上げる計画。2010年代半ばには6ギガワットにまで薄膜型の生産能力を拡張する構想も進めている。
 薄膜太陽電池は、現在の主流である結晶系太陽電池に比べ、原料シリコンの使用量が大幅に抑えられるほか、製造工程も結晶系に比べ短縮できるので、初期投資はかかるが量産に向く。結晶系に比べると変換効率は落ちるものの、土地が安価な地域で大規模な発電所を建設する用途に適している。
 独自の構造を持ち、変換効率が業界最高の「HIT太陽電池」を生産している三洋電機<6764.T>は、新日本石油<5001.T>と共同出資会社を設立して、2010年度にも薄膜型の生産に参入すると発表した。三洋の佐野精一郎社長は今月、ロイターとのインタビューで「(中近東など)資源国がターゲットになる」と、中東産油国とのつながりが深い新日石の営業力を通じて、中東で持ち上がっている大規模な太陽光発電プラントの早期受注を目指すとの意向を示した。
 このほか昭和シェル石油<5002.T>が年間生産能力1ギガワット規模の新工場を国内か海外に建設し、2011年操業開始を目指すとの計画を公表している。生産するのは薄膜型ながらシリコンを使用しないタイプで、投資額は1000億円以上となる見通し。
 京セラ<6971.T>や三菱電機<6503.T>といった国内有力メーカーも、従来型の多結晶シリコン太陽電池の増産計画を打ち出してる。だが、世界では日本国内に比べよりダイナミックな動きが官と民によって展開されている。
 <欧州で開花する市場、躍進する新興企業>
 「2030年、政策支援と省エネルギーが進んだ場合、太陽電池の発電量は世界の電力需要の14%を賄い、市場規模は4540億ユーロ(約59兆円、1ユーロ130円で計算)、潜在雇用数は1000万人」──。欧州太陽電池産業協会と環境団体グリーンピースは今年9月、こうした未来予想を示した。現在の太陽電池の世界市場規模は1兆2008億円(富士経済調べ)程度。計算上は今後20年あまりで50倍の市場拡大が見込めることになる。
 過去数年間を振り返っても、太陽電池市場は急拡大が続いてきた。野村証券金融経済研究所によると、世界の太陽電池生産実績は05年に前年比47%増の1759メガワット、06年は42%増の2500メガワット、07年は71%増の4279メガワットと増勢基調だ。これを支えたのが、欧州を中心に広がる「フィード・イン・タリフ(FIT)=固定価格買い取り制度」と呼ばれる支援策だ。
 FIT制度は、太陽光などで発電した電気を電力会社に20年間といった長期間にわたり、通常の電気料金の2─3倍の高値での買い取りを義務付けている。ドイツでは2004年にFITを本格化させたことで、2005年には太陽電池の設置量で日本を追い抜き世界一となった。日照に恵まれたスペインもFITを積極展開し、07年の新規太陽電池の設置量で世界2位に。フランス、イタリア、ギリシャといった欧州各国のほか、韓国もFITを採用している。
 <原料のシリコン価格が急騰>
 需要急拡大の余波を受け、原料シリコンの価格も高騰。シリコンメーカーのトクヤマ<4043.T>によると、年間契約などの相対市場で04年には1キログラム当たり30ドル程度だったシリコン価格は、現在80ドルほどに上昇している。スポット市場では400ドル程度ともいわれ、国内太陽電池メーカー各社の関係者は一様に「とても手を出せない」とため息をつく。
 こうした市場の構造変化の間隙(かんげき)を縫って台頭したのが、ドイツのQセルズや中国のサンテック・パワーといった新興勢力だ。Qセルズは1999年末に設立。2001年夏に従業員19人で生産を始め、わずか7年で太陽電池市場の世界トップ(野村証券調べ、以下同)に躍り出た。サンテックは01年に設立。2005年末にニューヨークに上場し、07年に太陽電池生産でシャープに次ぐ世界3位に付けた。両社ともシリコンの調達を戦略的に進め、創業から数年で世界屈指の地位を確保した。
 一方、日本勢は05年には上位5社のうちシャープ(1位)、京セラ<6971.T>(3位)、三洋電機(4位)、三菱電機<6503.T>(5位)の4社が占めていたが、07年にはシャープ(2位)、京セラ(4位)、三洋(8位)と各社とも後退。三菱電はトップ10から脱落した。シャープは07年、シリコン調達で海外勢に買い負けし、長年守ってきた世界一の座をQセルズに明け渡した。
 <ちぐはぐな日本政府の対応、国内勢に厳しいシナリオ>
 市場の拡大とともに、新規参入者も増え続け、世界には現在200社以上の太陽電池メーカーがあるという。京セラの前田辰巳専務は「今のソーラー市場はバブル。200社のうち8割はつぶれる」と予測する。日本メーカーは太陽電池の研究開発や製品化で先行し、この産業を育成してきたという自負がある。 
 しかし、過去の研究開発や設備投資の収穫期に入るはずだった時期に新興勢力の追い上げに直面し、し烈な市場競争に巻き込まれつつある日本メーカー関係者の表情は複雑だ。
 日本政府による太陽電池推進政策もちぐはぐだといえる。1994年度から続けてきた太陽電池補助金を05年度に財政難を理由として打ち切った。ところが、福田康夫前首相が太陽光発電の大規模導入を含む包括的な温暖化対策を打ち出したこともあり、08年度中に補助金を復活させる。だが、日本政府は世界の主流となっているFITの導入に動く気配がない。
 半導体などハイテク分野の調査・研究、戦略コンサルティングを行うジェイスター(東京都中央区)の豊崎禎久社長は「太陽電池半導体・液晶と同じような状況になる。アジア、中国、台湾企業に負けるということだ。2013年には日本勢は全社、トップ10外にはじき出される」と厳しい予想を示す。豊崎氏はその理由として、1)シリコン原料である珪(ケイ)石の8割を握る中国は、すでに輸出制限をかけており、自国産業を伸ばす方向に政策を強めれば外国に材料が供給されない、2)薄膜太陽電池は、(キーを回せば製品ができる)一貫製造ラインで作れるようになり、資金さえあれば誰でも参入できるようになる──といった点を挙げる。
 創業10年に満たないメーカーが、数十年の研究開発を続けたメーカーを追い抜く現実。温暖化対策の救世主として期待される太陽電池ビジネスだが、実態をのぞくとグローバル競争の厳しい現実が浮かび上がる。
 (ロイター日本語ニュース、浜田 健太郎記者;編集 田巻 一彦)
YAHOO!JAPANニュースより)