表彰台を独占せよ
五輪取材のために滞在しているバンクーバー郊外のホテルに、カナダ地方紙のスポーツ・コラムニスト、スティーブ・ミルトン氏が同宿している。朝食の席で隣り合わせた彼に「カナダはこれまで、自国開催の五輪で金メダルを取ったことがないんだって?」と尋ねると、「そうなんだ」と、やや深刻な調子で答えが返ってきた。
カナダのスポーツ界に実力がないわけではない。2006年のトリノでは金7個を含む計24個のメダルを獲得し、国別では5位。過去にさかのぼっても、多くの大会で金を獲得している。ところが、1976年のモントリオール(夏季)、88年のカルガリー(冬季)に限って、なにやら謙譲の美徳でも発揮したかのように「金メダルなし」なのである。
今回カナダは、そうした奥ゆかしさを返上することに決めたようだ。05年に国を挙げたスポーツ強化策を立ち上げ、予算をつぎ込んでバンクーバーでの必勝を期す態勢を組んだ。名付けて、「表彰台を独占せよ」プログラム。目標は今大会のメダル総数で1位、金メダル数で上位3カ国に入ること、という。
そもそも、人は何のために五輪に出るのか。「参加することに意味がある」のか、「勝たなければ意味がない」のか。「国のために戦う」のか、「自分のために楽しむ」のか。
いずれも、古今東西なかなか答えの見つけにくい問いだが、カナダはここに来て、はっきりと方針を決めたわけだ。五輪は勝つことに意味がある。
だが、そんなカナダの変身は、近隣諸国の目にはやや喜劇的に映るらしい。カナダ選手団の会見で、米オレゴン州から来た記者がこんな質問をした。
「カナダ人って、『いい人』というイメージがあったんですけど、それはもう返上ですか?」
選手団長は苦笑いして「カナダ人はこれからもナイスガイです。ナイスガイとして、勝ちます」
あらゆる勝負事において、「いい人」のままで勝てるのかどうか、それもまた極めて興味深いテーマではあるが…。
ともあれカナダ人にとって、なぜ自国の五輪で金メダルが取れないのか、というのは決して愉快な話題ではない。コラムニストのミルトン氏は、「これはちょっとした社会心理学的課題だね」と肩をすくめた。競技が本格化した13日。カナダはまだ金メダルを獲得していない。
(バンクーバー 松尾理也)
(MSN産経ニュース、http://sankei.jp.msn.com/vancouver2010/news/100214/oap1002141712003-n1.htm)