M・ジャクソンを死に追いやった「ミルク」

 「King of Pops(ポップスの王様)」を死に追いやったのは、白濁色の液体だった。「ミルク」−。不眠症に苦しんでいた50歳のスターはそう呼んで、米ロサンゼルス市内の自宅で専属医に麻酔薬「プロポフォール」の投与をせがんだ。そして、深い眠りにつき、二度と目を開くことはなかった。今年6月、世界中のファンを悲しませた大スター、マイケル・ジャクソンの死。ロサンゼルス捜査当局はこの薬の投与が、業務上過失致死罪にあたるかどうか、捜査を進めている。「できることは全部やった。(捜査当局に)真実を話した」と語った専属医、コンラッド・マーレー医師。あの日の全容解明は来年に持ち越された。(佐々木正明)

 これまでの捜査当局の調べから、ジャクソンさんの死亡時のプロポフォール血中濃度は、「致死量レベル」にあったことが判明している。ロサンゼルス郡検視局は、検視の結果、6種類の薬物が検出されたことを公表し、ジャクソンさんの死は、複数の薬剤の過剰投与による「他殺」と結論づけている。

 ジャクソンさんは当時、不眠症に悩まされており、「ミルク」と名付けていたプロポフォールを睡眠の助けとしていた。マーレー医師も、ジャクソンさんに雇われた今年5月に、通常の薬局で100ミリリットルのボトル5本を853ドルで購入していた。

 プロポフォールは、「ディプリバン」の商品名で知られ、通常、手術の際の麻酔薬に用いられる。睡眠薬としての投与は、適切な使用方法ではないものの、米国では規制薬物に含まれていないのが現状だ。

 専属栄養士は「マイケルはディプリバンの中毒状態にあった」と証言する。マーレー医師もジャクソンさんの身体を気遣い、徐々に投与量を減らし、プロポフォールの依存体質から脱することを考えていた。

 マーレー医師は捜査当局に対し、ジャクソンさんが亡くなった6月25日の様子を詳細に証言している。ジャクソンさんは当時、再起をかけた復帰公演のリハーサルに臨んでおり、極度の疲労を抱えていた。そして、コンサートが近づくにつれ、ますます寝付けなくなっていた。

 22日と23日、マーレー医師はプロポフォールの量を減らし、抗不安薬ロラゼパムミダゾラムを複合した薬剤を投与して、ジャクソンさんを眠らすことに成功していた。

 しかし、24日夜、ジャクソンさんはなかなか寝付けなかった。

 日付が変わり、翌25日午前2時、マーレー医師は2ミリグラムのロラゼパムを投与した。しかし、薬の効き目はない。

 午前3時、今度は2ミリグラムのミダゾラムを静脈注射で投与した。2時間後、ジャクソンさんはまだ目を覚ましており、今度は2ミリグラムのロラゼパムを与えた。

 外はすっかり明るくなっていたが、それでもジャクソンさんは眠ることができない。午前7時30分、マーレー医師は再び、2ミリグラムのミダゾラムを静脈注射する。

 マーレー医師はこの時点でも、ジャクソンさんを寝室に1人にすることはせず、ベッドの側にいたと述懐している。「私はマイケルの脈と呼吸の様子を監視していた」という。

 医師の懸命な看護と度重なる薬の投与にもかかわらず、ジャクソンさんの“長い夜”は終わらなかった。ジャクソンさんはマーレー医師に何度も「ミルクをくれ」とせがんだ。

 そして、午前11時ごろ、マーレー医師はジャクソンさんの懇願を断り切れず、25ミリグラムのプロポフォールを投与した。ジャクソンさんはついに目を閉じて、睡眠に入ったようだった。

 マーレー医師はそれでもジャクソンさんのベッドのそばにいたという。ただ、「トイレに入るために2分間だけ部屋を離れた」と証言している。

 マーレー医師の携帯電話には、25日午前11時18分から午後0時5分までの47分間、3人の相手と通話していた記録が残っている。しかし、その会話がジャクソンさんの部屋だったか、それとも別の部屋だったかは明らかになっていない。

 マーレー医師がトイレから戻ってくると、すでにジャクソンさんは息をしていなかった。懸命の蘇(そ)生(せい)措置が行われた。午後0時22分ごろ、救急隊がジャクソンさんの家に到着した。病院に搬送されたが、もうすでに手遅れだった。直接の死因は心臓発作だった。

 AP通信がさらに、検視の結果を明らかにしている。死亡時のジャクソンさんの身長は約180センチで、体重約61・6キロ。関節炎の症状があり、慢性的な肺の炎症を患っていたが、致命的な症状ではなく、50歳の男性としては、健康体だった。

 薬の過剰投与とは直接的な関係はないが、検視はジャクソンさんの身体のすべてをつまびらかにしている。

 ジャクソンさんの耳の後ろや鼻孔には複数の傷痕があった。英BBCのインタビューを受けた医師によると、「これは整形手術の痕だろう」と指摘している。さらに、前頭部分にはげがあり、頭部には黒色の入れ墨が施されてあった。また、顔、胸部、腹部、両腕の肌は脱色されていた。

 ジャクソンさんは、1993年、ペプシのコマーシャル撮影の際、頭皮をやけどして鎮痛剤を服用、以来、薬の依存体質になったという証言がある。

 プロポフォールも病院では、鎮痛剤として使われることもあるという。専門家によれば、少ない頻度で、適切に投与されれば非常に安全な薬の部類に入るという。米CNNによれば、過去10年間で、プロポフォール乱用の例はほとんどないとの報告がある。

 しかし、一方で、利用頻度を高めれば、依存症にかかりやすい薬でもあり、過剰に投与すると血圧の低下や呼吸困難を招く恐れもあるという。ジャクソンさんが鎮痛剤の依存体質から、「より安全」という理由でプロポフォールに手を伸ばし、使用回数を増やしていったのだとすれば、自ら死への階段を上っていったことも推察できる。

 そして、現役復帰のためにリハーサルで身体を酷使したことが「眠れぬ夜」を呼び、最後の引き金を引いた−。フロリダ大学の毒物学専門家、ゴールドバーガー医師は、「検視官がジャクソンさんの死を他殺と言うのはあまりにも大胆すぎる」と指摘している。

 マーレー医師は11月、ジャクソンさんに雇われるまで勤務していたヒューストンのクリニックで医師として職場復帰した。高額な訴訟費用のために借金があり、稼がなくてはならないという。

 英タイムズ紙によれば、マーレー医師は教会の礼拝中に「私は間違ったときに、間違った場所にいた」と言って、泣き崩れたという。

 ロサンゼルス捜査当局は現在、薬にまつわる膨大な鑑定資料や報告書を精査している途中で、まだ結論までに「数カ月かかる」(米紙ロサンゼルス・タイムズ)状態だという。

 全世界が注目するマイケル・ジャクソン事件の全容解明は来年上半期にも出る可能性がある。

MSN産経ニュースhttp://sankei.jp.msn.com/world/america/091226/amr0912260700000-n1.htm